なにさま?!ミーハーズ


月9『ガリレオ/第九章・爆ぜる 前編』

今日は疲れ切ってます。これを観たから・・・。



「人格崩壊(じんかく・ほうかい):テレビドラマや映画、小説などの創作作品やノンフィクションの作品を鑑賞した際、その中の1ないし2の特定の登場人物に感情移入し、その人物の感情のうねりと全く同じ感情を激しく共有して起きる。完全に他者と意識を重ね合わせたように感情が動くので心身ともに激しく疲弊する。主に対象登場人物は同性。登場人物だけでなく、その作品のテーマそのものに感情を奪われる場合も稀にある。別名:意識同一化現象。同義語:人格破綻。」





 久しく起こしていませんでしたが、今夜また何年ぶりかでこの現象が顕われました。しかも今までにないパターンで。ある場面から突然涙が出始め、エンディングが終わった直後から後泣き。おそらく台詞にはその兆しはなく、漂う何かに取り憑かれたとでもいうのか・・・。湯川学準教授に引っ張られました。今のその残留意識でヘトヘトです。

 はっきり言ってその場面まではがっかりしていた。湯川教授の中に今までと違う何かを感じるし(途中、内海刑事の台詞でも触れていましたが)、場面構成は悪くはなかった。でも中学校での防犯教室のシーンでの不良に絡まれた時の対処法の説明は不愉快だったし、木島邸での聞き込みの時の弓削刑事の無駄な笑顔もそれが彼なりの取調べ手段だったとしてもおふざけの度が過ぎているように感じた。内海刑事はやはり鈍く、(湯川教授の)心情的にも物理的にも不用意に土足で踏み込むようなデリカシーのなさにますます苛立ちを覚えた。警察の描かれ方に関しては、おそらくこの作品に登場する警察はダメな警察という近年ニュースでも取り沙汰されるような不祥事を起こす世間でも認知されているような警察の体質をデフォルメしているということなのだろうけれど、それも過ぎたるは及ばざるが如し。私も多くの人と同じように日常の中で警察に失望することの方が多いが、だからせめて創作の世界では少しでも信頼できる要素は残しておいてほしいと思うのかもしれない。信頼できる要素として監察医の城之内桜子がいて、内海刑事が格別熱血漢のように描かれているのだろうが、城之内先生はともかく、私としては不用意な発言をする内海刑事には信頼できる警察代表という評価はできない。確かにましな警察官だとは思うし直感などを信じて進むところは確かに理解できるけれど黙って考えることができない。「自分で考えさせなきゃダメ」という栗林さんの台詞をそっくりそのまま私からもプレゼントしたいくらいだ。もっとも、沈黙思考型の湯川教授を喋らせるためには時には愚かしいほどの馬鹿な質問をする相方は必要な存在なのだけど。
 金属製のデスマスクはどうやって作られたのか。今回、最初に持ち込まれた時の謎はこれだったけれど、これもなぜいきなり湯川教授のところに持ってきたのか、なぜまず警察内の科捜研で調査していないのか不思議で仕方なかった。少なくとも警察にも科学的に捜査する管轄はあるのだからまずはそこでやってみるのが筋だろう。前回までの持ち込みネタは霊視的だったり超常現象的だったせいか、疑問に感じたことはなかった。言ってみれば「理系でも並みの人間では解明できない不可思議な現象を物理学的に論理的にそれが超常現象などではないことを証明する」のが湯川教授の役目と私は解釈してきた。今回も確かに不思議だけど、ある程度までは物理的に解明でき得る謎なんだよなぁ、どう考えても。何がその現象を起こしたかは別として。「最初に持ってきました」なんていう台詞はないので実際にはどういう設定なのか知らないで言ってるだけだけど、せめて「科捜研でも~~~まではわかったんですが、」なんて言う説明台詞でもあればまだ気にならなかったのかもしれない。それがあってもその後の湯川教授の謎解きの経緯には影響しないと思うんだけどなぁ。素人の浅はかさか知らん。

 久々の人格崩壊現象が起きたのは、湯川教授が単独で自然公園の調査に行った場面。偶然やってきた廃棄物処理業者との会話の途中から始まった。不法投棄物をボランティアで処分しにやってきた処理業者が湯川教授に「便利な世の中になるのはいいことかもしれないが偉い先生たちはその先は考えない。結果こういう不法投棄が絶えない・・・云々」と語る。その場の風景を眺めながら黙って耳を傾ける湯川教授。その姿を見ていたら、湯川準教授の悲しみのような感情を受け取ってしまったような気がしたのだ。涙はそこまでの私の一視聴者としての感情に関係なく、突然溢れてきた。「このドラマで泣くか?」と困惑したくらい唐突に。でもそれでわかった。『ガリレオ』という作品は推理物でも恋愛物でもない。何か別の物だと思う。まだ具体的にはわからない。でもこれだけは言える。湯川準教授は純粋で真っ当な感覚の持ち主だ。科学者と呼ばれる研究者だけれど自分の知能に溺れず、また科学の力を過信していない。そして心から人類と平和を愛している。おそらく自分の知性やこれまで培ってきた知識が事件解決の役に立つことに喜びも少なからず感じているはず。単なる知的満足のためだけでは何度もできることではない。だから頼まれれば警察の捜査協力もするのだろう。事実、捜査でもないし文系に限ってではあるけれど、何も知らない人間にその知性の一端を使って惜しみなく協力してくれる研究者がいることを私は身をもって経験している。本当に頭のいい優秀な人にしかできないことだろうとも実感してきた。湯川教授もそうなのではないだろうか。また、彼は日々進化する科学の力が人類を不幸にすることも憂いているだろう。例えば第四章で香取慎吾扮する田上に向けて発せられた言葉や第七章で深田恭子扮する静子に向けられた言葉にもそれを感じてきた。湯川教授は地位や名声を求めてもいない。ただいつかその研究が人類の未来に生きることを願っている。これが純粋な科学者でなくして何を純粋な科学者と呼ぶ?最終回の予告を見る限り、ドラマの中の湯川教授はそこに向かっているように感じる。それを自然公園から廃棄物処理場の場面のほんの一言二言語るだけの湯川教授からこれだけのことを妄想してしまったわけだ。おそらく久米宏扮する木島とは過去に袂を分かつ出来事があったに違いなく、これが今夜の湯川教授の苦悩の原因なのだろう。そしてそのことは彼を悲しませている。その悲しみに完全同化してしまったわけです。来週までは妄想の戯言ですが(笑)。

 今回嬉しかったのは監察での湯川教授と城之内の弾む会話(弾んでると感じてるのは城之内だけだけど。合コン相手の女性には科学的なことで会話が弾む人をご所望だった割に科学者モードだと関係ねぇらしい(笑))。第八章でもう少し城之内に活躍してほしかったと願っていただけに嬉しい一場面でした。

 実は当然福田靖脚本だと思っていたんですよ。私の好みに関係なく彼がメイン作家だし、最終回の前後編だし。古家和尚が健闘していたとはいえ、最終章はメインが2作とも書くのが筋でしょう?でも今夜は古家和尚でした。この人の描く湯川学はこの作品の肝だと思う。第七章でも第六章でも今夜の人格崩壊の片鱗はあった。この作品で好きになった脚本家だし、第九章を担当していたのは嬉しいことだけど、じゃあ最終回は誰が書くの?これで福田靖にバトンを渡して質が落ちてたら泣く。今日とは違う意味で号泣する。それに前後編って話が続くでしょ。それを二人で担当するのって難しくないのかな。ああ、でも第三章で共同執筆してるから大丈夫なのかな。

 嬉しくも途中で残念だったのはエンディング。あのラストシーンの後で『KISSして』の気分にはなれないな・・・と思っていたら期待通りの「VS.~知性と快楽の螺旋~』!!かっこええーー、空中計算式にも曲の尺が合ってる♪♪なんて喜びつつ懸念してたら、最終的に『KISSして』に戻っちゃった(涙)。演出の西坂瑞城って『アンティーク』もやってたんだっけ・・・?あの時はミスチル三昧で、主題歌は決まってたけどその回ごとのイメージ曲でエンディングに入って半分くらいで乗り変わってたのが印象的。でも今夜は最後まで『VS.・・・』で行ってほしかったなぁ。曲のラストで終われるようなサイズに編集して、「チャラチャッチャチャーチャチャチャチャ~ン」で「番組の中の実験は・・・」テロップどん!かっこよかったと思うなー。
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by yu-er_911count | 2007-12-11 01:39 | ドラマ

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「なにさま?」とは「ドラマや映画などについて熱くなるあまり、いかにもえらそうに、あるいはプロデューサー気取りで語ってしまう」おバカなことである!ネタバレご容赦!
by yu-er_911count
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